「はげひげ」の脳的メモ

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help リーダーに追加 RSS 一言、バカでよい

<<   作成日時 : 2008/06/12 09:15   >>

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 ああいうことが起こると、コメントを求められる。
 基本、ああいうバカはときどきいるよね、と軽く流すのがよい。
 こころによりそって理解などする必要はない。ああいうのは昔から少なからずいるし、どこかの時点で成績の急降下が起こっているものだ。自分ないし、自他の関係性のみに拘泥し、性的な(セックスという意味に限らず)こだわりがいじりようがないときがあるのもよくあることだ。0.5-5%に想定される、自分>社会、こだわり>社会、人のモノ化・道具化、共感の欠落、その度し難さ。小学校ころまでの優秀さはその固執性の裏返しであったりする。
 古くはクレペリンが早発性痴呆(統合失調症)の概念を提出した直後(19世紀末〜20世紀初頭)に、「ある種のタイプの子どもたちはこの状態を備え持っており、〜とりわけ男性の場合には、子ども時代から物静かで、〜引きこもりがちな傾向を持ち、友達を作る能力や自分の外の世界で住む能力に欠けた者がいる」と指摘して、統合失調症が小中学生にもあること、またその概念には自閉症的な意味合いを含んでいたことがわかる。もっとも、今では、早期の統合失調症とアスペルガー症候群などは、結果として似たような自我障害を呈するものの、統合失調症では標準的な自我があってそれが失調していくが、アスペルガー症候群ではその発達過程が障害されて、モノ的、自分中心的自我が構築されると考えられている。実際、RMTなどのテストや脳血流に差が認められる。
 なんにしても、自傷他害のリスクの高い子を前にしたときは、「自暴自棄になって自傷他害したくなったって当たり前のその境遇なのに、君にはそれを抑える強さがあるんだ」「どうやって乗り越えてきたの?」「コツを教えて」と、しっかり感心し、そのロック力をたたえ(実際、まだ大爆発していない)、ロックする力の芽を絶やさぬよう、その芽を育てる工夫をするほかない。
そうやって、「僕は世間に迷惑だけはかけない」と胸を張って生きている(そこをこだわりにしている)、同じタイプの子をたくさん知っている。個別の対応では、その子のリソースを最大限利用するのがいいし、そのほかの対応は役に立ちにくい。罰刺激が届きにくいことも知られている。
 しかし、個別対応と社会の対応は異なっていい。個の次元、対の次元、共同の次元では、それぞれ対応が異なって当たり前だ。社会の対応としては、「無視」がよい。どんな経緯があっても、心神喪失でも、統合失調でも、発達障害でも、したことの罪は贖罪されなければならない。心に寄り添い、あんなものをヒーロー化してはならない。

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